右足の幅がFでした。

サブ6ランナーかく語りき

【神と仏の長距離走】幸神社 〜 阿弥陀寺 〜 御霊神社

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2月23日、今日は祝日だ。このところ土日は何かと忙しくてあまり時間がとれなかったんだけど、週の半ばにあるお休みということもあって、少し余裕があったので久しぶりに時間をとって走ってきた。

本日はここ、三条大橋からスタート。2,3日前から寒さがぶり返しているものの、天気は良くて寒すぎず良いコンディション。f:id:iparappa:20220223194001j:image
▲まずは三条から北へ3キロ、出町柳まで。

出町柳までは自宅から約8キロ。なんか今日は身体が軽い。昨日、きっちり7時間寝たからかな。そういやお酒も飲んでないしな。ここまであっという間に着いた感じ。

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▲こんなポンプがあったんだな。後ろに見えるのは僕らの大文字。
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出町柳から西へいくと青龍妙音弁財天がある。以前にも紹介したことがある。

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▲あれ、シャッターが閉まってる…まだ早すぎたか…?
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▲がびーん!!出町ふたばはお休みでした…

出町柳といえば、「出町ふたば」の豆大福。普段から行列がすごいんだけど、このご時世だし朝も早いし楽勝じゃね?と思っていたけど…まさかの休み!

くそう、豆大福エイド計画がおじゃんになってしまったぜ。とりあえず進むか…
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▲ふたばのすぐ近くにある出町桝形商店街を抜ける。
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▲タイルには子供たちが書いたであろう魚介の絵が。アツいぜ。
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▲商店街を抜けて北へ。なんか古代色強い飛び出し坊やだな。
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▲進んでいくと歩道のど真ん中、マンションの真ん前に不自然な石碑がある。
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▲その正面の道を進んでいくと最初の目的地だ。

 

幸神社(さいのかみのやしろ)
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まず最初に訪れたのは幸神社とかいて「さいのかみのやしろ」と読む神社。住宅街の中に違和感なく溶け込んでいるので、あやうく通り過ぎるところだった。

ただ、なんとなしにそんじょそこらで見かける小さな神社、という雰囲気ではない何かを感じる。
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▲古すぎるのか由緒書きが読めねぇ。その後ろにはちゃんと新しいのがあった。

幸神社の主祭神猿田彦大神で、神話の時代に道案内をした神様として知られている。そこから「みちひらきの大神」と呼ばれており、万事を良い方向へ導いてくれるということだそうだ。

ちなみに、ここ幸神社は日本最古の縁結びの神様ということらしく、みちひらきと縁結びが関わっているのかなぁと思ったり。

さらにいうと、歌舞伎の創始者と言われる出雲の阿国はこの神社で巫女をやっていたこともあって、芸能上達のご利益もあるそうだ。
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▲境内は以外にもかなりこじんまりとしている。
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▲こちらがご本殿。
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▲扁額も気のせいか立派に思える。
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▲本殿の中には立砂がある。珍しい。

立砂(盛砂)といえば、上賀茂神社が思い浮かぶんだけど、この立砂は一説によると神様が降臨する神山(こうやま)を模していて、神霊が降りる場所やモノ(依り代)を表してるんだとか。

実は幸神社は平安京を作ったときに鬼門除けとして作られたらしい。ここから北東(鬼門の方角)へ向かうと、同じく鬼門除けとして作られた赤山禅院、そして比叡山延暦寺へとつながっている。

本殿の北東には木彫りの猿が置かれてる。これは京都御所と同じ作りだ。

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▲境内の奥、傾いた鳥居の向こうに鎮座する石。

もう一つ、幸神社には「おせきさん」と呼ばれる見所がある。正確には以前、御神体として祀られていたものらしい。現役のご神体は本殿の中にあって、さっきの写真にもチラッと写っている。

この石神さんには縁結びの効果があるんだけど、効果が強すぎて触ると祟られるらしい。それで囲われてるのかな。ご利益あるなら触りたくなるのが常だしな。
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▲石神さんの横には猿田彦大神の石碑が。猿田彦珈琲と何か関係あるのかしらん。
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▲神社はそこそこ年季が入ってるけど、社務所はなかなか新しい。

神社自体はそれほど広くないのですぐに見終わるんだけど、まあまあ厳かな雰囲気があったりするので行ってみる価値はありだ。ちょっとした異質な空気が味わえると思う。

 

さて、先ほどの唐突な石碑がある通りまで戻り、そこから北へ向かっていく。

実はこのあたり、お寺が密集していていくつもあるんだけど、今日は走りの方がいい感じなので軽やかにスルーしていく。

と思ったけど、一か所だけ寄ったお寺がある。それが阿弥陀寺だ。

 

阿弥陀寺
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なんで阿弥陀寺に寄ったかというと、上の写真にもあるように「織田信長公本廟」、つまり信長のお墓があるからだ。とりあえず見ておこう。

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▲お水が凍っていた。京都市内とは言え、北の方までくると気温が下がるな。
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▲こちらが本堂。
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▲ご丁寧に案内もある。
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▲思いの外、墓地がデカい。
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▲墓地に入ってすぐのところにあるのが信長のお墓。長男の信忠のお墓も並んでる。
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▲そしてもう一つ、こちらはこのお寺を建てた清玉上人のお墓。

こちらの墓地には本能寺の変の戦死者が埋葬されていて、実は森蘭丸のお墓もあったりする。そして森つながりということで森光子のお墓もある

ただ、普通の墓地なので一般のお墓詣りの方も何人か来ていた。部外者が墓地をうろうろするのも良くないと思い早々に退散。

阿弥陀寺を出て先ほどの道をさらに進む。ちょっとトイレに行きたくなってきたな。
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▲本当はこの道に突き当りまで行こうと思ったけど、御霊神社の石碑が目に入る。
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▲そういやこの近くだな。とりあえずトイレ借りるか…

 

御靈神社(ごりょうじんじゃ)
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御靈神社はこのあたりで有名な神社だ。実は来たのは初めてだけど、その存在は知っている。境内も結構広い。

もともと氏寺の上出雲寺というお寺があったんだけど、平安京遷都の際に桓武天皇が神霊を祀ったことから神社になったと言われている。

その祀った神霊というのが崇道天皇早良親王)で、いろいろあって悲運の死を遂げた崇道天皇の祟りから都を守るためにこの神社を建てたそうだ。
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▲境内にはお稲荷さんもある。
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▲他にもいくつか末社がある広い神社だ。
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狛犬も個性的。

崇徳天皇の祟りもそうだけど、当時は何か災害や疫病があると誰かの仕業というのがオーソドックスな考え方だった。

それを御霊信仰(ごりょうしんこう)というんだけど、崇道天皇の御霊を鎮魂したのが日本最初の御霊会だと言われている。
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▲こちらが本殿。実は結構大きかったりする。f:id:iparappa:20220223194045j:image▲本殿の前には嵯峨御流の作品が奉納されていた。

実はここ御霊神社は応仁の乱発端の場所としても有名。東軍・畠山政長がここに陣を構えて、そこに西軍・畠山義就(よしひろ)が襲撃した、いわゆる御霊合戦がその始まりと言われている。

応仁の乱は11年続いたちょっとややこしい戦なんだけど、途中で東軍の総大将になった細川勝元の子孫が、細川護熙元首相だったりするから歴史ってつながってるんだな。

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応仁の乱発端をアピールする石碑。細川元首相が書いたとか。
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御靈神社上御霊神社とも呼ばれていて、市内にはそれに対応する下御霊神社というのもある。せっかくなので近々訪れたいと思う。
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▲気になっていたパン屋に寄って折り返して帰った。

今回はパン屋に行くまでに神社仏閣に寄ったので、パン屋から家まではノンストップで走ったんだけど、今日は久しぶりに調子が良くて、鴨川沿いを気持ちよく走ることができた。

最終的に26キロ走ったものの、ちょっと休憩をはさんでもう少し走りたいと思える、良い走りだった。
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