右足の幅がFでした。

サブ6ランナーかく語りき

【読クソ完走文】センセイの鞄/川上弘美

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子供たちが巣立って家人が他界した後、残された男は無力だ。実際そうなったわけではないので何となくの想像だけど、やはり何となくそう思う。しかし、そんな杞憂の老後予想図を覆し希望を与えてくれたのが、本書『センセイの鞄』である。
37歳の主人公ツキコと70歳のセンセイとの静かな恋愛を描いた本作、未婚女性の視点、独居老人の視点、年の差恋愛の視点など、さまざまな方角から吟味できる名作だ。もちろん冒頭の感想は孤独な老人男性からの視点である。
そして何より作者、川上弘美氏の表現が素晴らしい。どうすればこんなステキな文章が書けるのか。内容もさることながら、僕のような素人ですら文章表現に感嘆とした小説だった。谷崎賞とってるんだものね。当然だよね。
そんなさまざまな視点で楽しめる本作のもうひとつの魅力が「飲み」である。二人はいわば飲み友なので、居酒屋での話が中心になる。そしてツキコとセンセイがお店で注文する料理が、良い。冒頭から飛び出す、まぐろ納豆、蓮根のきんぴら、塩らっきょう…はたまたお約束の、大根、つみれ、すじ、とくる。蛸しゃぶも食べてみたい。何度か登場する湯豆腐にはセンセイの好みで鱈と春菊が入っている。「春菊が鱈にくっついてきて、緑と白の対照がきれいだった」なんて書かれると、もうそれを再現したくてしたくてたまらない!

f:id:iparappa:20180313192800j:image▲今回は秘蔵のお店ごはんフォトを貼り付ける!まずは馬刺し盛り!

出てくる料理にいちいち納得させられるのもさることながら、ツキコとセンセイはとにかく美味しそうな雰囲気で飲む。決して楽しくワイワイというわけではない。時に無言で。時にやや険悪なムードで。でも美味しそう。これはもうシチュエーションの勝利だ。

f:id:iparappa:20180313193215j:image▲広田湾の牡蠣!三陸リアスど真ん中!
はぐれ刑事純情派』では藤田まこと眞野あずさ扮する女将とやり取りするシーンがお約束だが、あれも雰囲気モノだといえる。カウンター越しに綺麗な女将、小鉢に入った料理、そこにお酒があれば美味いに決まってる。
とかなんとか言ってるが、実のところ僕はお酒が飲めない。大酒飲みの友人に鍛えられた賜物で、以前よりは少し飲めるようになってきたけど、独りでふらりとのれんをくぐるようなことはまずない。カウンター越しに大将だか女将だかと談笑することもない。だから、独り飲みできる人が羨ましい。雰囲気を楽しめる人が羨ましい。粋な飲み方を出来る人が羨ましい。

f:id:iparappa:20180313193335j:image▲マグロ!目元にほっぺに頭のてっぺん、顔面だろうが食い尽くす!
木村衣有子さんの著書、『キムラ食堂のメニュー』にもツキコとセンセイの食事が紹介されている。ちなみに木村氏は僕と同い年で京都に住んでいたこともあるから、勝手に親近感を抱いている。独りで、時に旦那さんと、居酒屋や定食屋をめぐり、しっぽり飲む。これまた良い。
木村さんが描く食事は丁寧だ。畑を借りて自分で野菜を育てて料理し食べるような人だから、食に対して丁寧なんだと思う。丁寧なことは贅沢だ。旬のモノを食べる、料理にひと手間かける、美味しい素材をそのまま食べる…僕はそんな贅沢に憧れているのかもしれない。こういのをスローライフと言うのかしらん。

f:id:iparappa:20180313193509j:image▲餃子にはビール、それが正義!チンタオ!
これも年相応の考え方なのか、若い時の自分からは想像もできないし、これを嫌味だキザだスカしてやがると思う人もいるだろう。センセイも馴染みの店で若い男に絡まれている。男がセンセイに口撃したのは、何も自分より若い女性と二人で飲んでいたことに嫉妬したわけではない。センセイの品のある所作、物言い、そして食べ方飲み方に苛ついたのだと思う。僕はその男の気持ちもわかる。その根底にあるのは丁寧な生き方をしている人への憧れなのだ。そうです、結局のところ隙さえあればファーストフードにインスタント。そんな自分がいるのです。
だけど、たまにはガッツリいきたい。まだまだ働き盛り食べ盛り(ウソ)。そういえばセンセイも豚キムチ弁当スペシャルを頼んでいたっけ。スローなだけでは物足りない。時にはスペシャルも必要なのだ。食も笑いも人生も重要なのは緩急をつけること。急がはびこる現代社会、そんなせわしない流れの中で緩を充実させることが贅沢と思える、そんな年齢になってしまった。

f:id:iparappa:20180313193705j:image▲1ポンド( 450g )ステーキ!まだまだこれくらいは平らげるぜ!